So-net無料ブログ作成
検索選択

室町幕府の財政 貴族化する将軍たちとは?

今回は室町幕府の財政についてと貴族化する将軍について、日本の歴史を紹介します。


貴族化する将軍


足利義満は将軍である一方
武士としては平清盛以来、例のない太政大臣という
最も高い位を授けられました。

そして、義満以後の代々の将軍も
みな朝廷の高い官位をもらい
朝廷に出入りして貴族と交わり
自分たちも貴族のような暮らしをしました。

しかも、幕府が京都に開かれたため
大名や武士たちの暮らしも
だんだん貴族のようになって
武士らしさが無くなり、贅沢に馴染んできました。

義満の贅沢を最も良く示しているのは
彼が京都の北山に建てた別荘で
有名な金閣はその一部分です。

足利氏は、義満だけでなく、
代々の将軍が贅沢をしたので
幕府の財政は、次第に苦しくなってきました。

そこで、収入を増やすために
国民にいろいろな、重い税をかけました。

勘合貿易も、収入を増やすために必要だったわけです。
国民の心は、このような幕府から次第に、離れていきました。


幕府の財政


室町幕府の最も大きな収入は
御料所とよばれる幕府の領地からの年貢と
必要なときに、守護に命じて出させるお金
それに、勘合貿易からあがる利益などによって賄われていました。

しかし、将軍が贅沢をしたので
これではとても足りませんでした。

そこで幕府は、普通の年貢の他に時々、
臨時に段銭・棟別(むなべつ)銭などの取立てをしました。

段銭というのは、田一段につき何文と決めて割り当てる税
棟別銭というのは、家ひと棟につき何文というように
治めさせる税のことです。

これは、農民たちにとって、とても辛い税でした。

また、このころ京都には、たくさんの金貸し業者がいましたが
幕府は、彼らから決まった税の他に、
度々、臨時に、重い税な取立てました。

将軍が将軍らしくなく
幕府の軍隊のカも弱いうえに
財政の苦しかったことは室町幕府の弱点でした。

しかし、それ以上の弱点は
守護の勢いが強く、将軍の命令に従わないことでした。



関連記事

nice!(0)  トラックバック(0)  [編集]

nice! 0

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL:
Copyright © 日本の歴史をわかりやすく解説 All Rights Reserved.
当サイトのテキスト・画像等すべての転載転用、商用販売を固く禁じます