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明治時代のあらまし

今回は明治時代のあらましについて、日本の歴史を紹介します。


新しい政治


1868年、年号は明治と改められ
五か条の誓文をもとに
新しい政治が行われるようになりました。

新政府は、廃藩置県・四民平等
富国強兵の制作を実行しました。

しかし、このような新しい政治に対しては
反対の意見もでました。

国の財政を整えようと
地租改正をしたときには
農民が一揆をおこして反抗しました。

また、もと武士であったものは
新しい政治によって
自分たちの生活が苦しくなり
出世の道が閉ざされていくことに不満でした。

これらの不満や反抗が
すっかりきえるようになったのは
政府のつくった新しい軍隊が
西南戦争で勝利を得てからです。

文明開化


明治になってから
西洋の文化がどんどん輸入されました。

そして、大都市を中心に
人々の生活の姿も大きく変わっていきました。

義務教育の制度が出来たこと
交通・通信の設備が整ったこと
新聞・雑誌が広まり
暦は太陽暦が採用され
新しい建築や服装がおこってきたことなど
目まぐるしいほどの変わり方でした。

人々はこれを文明開化といって
もてはやしました。


議会政治の初まり


明治になってから、次第に広まった
自由平等・自由民権の考え方は
やがて「国会を開け」という運動になって
盛り上がりました。

この結果、1889年(明治二二年)には
我が国で初めての憲法がつくられ
翌年には、第一回の帝国議会が開かれました。

このときの憲法は
天皇の強い権力を認めたものでした。

また、議会は衆議院と貴族院にわかれ
貴族院議員は天皇によって選ばれました。

今の憲法に比べれば
とうてい民主的なものとはいえません。

けれども我が国では
これ以来憲法に基づいて政治を行い
国民の選んだ代表者が
国の政治について相談するという
道が開かれたのです。

このことを考えれば日本の歴史の上で
大きな進歩だったと言えます。

伸びる国力


やがて近代産業の目覚しい発達もあって
国力は次第に充実してきました。

特に、日清・口露の戦いに勝ったことは
日本の実カを世界に知らせる結果になりました。

長い間、問題になっていた
不平等条約の改正が
これ以来すらすらと進むようになったのも
国力の充実が、土台にあったからだと言えます。

明治の文化


新しい時代に相応しい新しい文化も
次々におこってきました。

夏目漱石や森鴎外に代表される近代文学
あるいは西洋音楽、新しい演劇
さらには医学や物理・化学などの新しい学問
これらは、全て明治時代になってから
急に進んだものです。

このほか生活の面でも
野球・テニスなどの新しいスポーツが広まり
映画の楽しみも味わえるようになりました。

このように考えてくると
明治時代は、私たちの生活や社会の
最も大きな基礎になった時代であったといえます。

しかもそれは西洋に比べて
100年以上も遅れていた日本が
一挙にその遅れを取り戻そうとして
がむしゃらに進んでいった
時代でもあったのです。

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