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聖徳太子とは? 冠位十二階と憲法十七条とは?

今回は聖徳太子について、日本の歴史を紹介します。

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推古天皇は位に就いた次の年に甥の聖徳太子を皇太子にたてました。
また摂政として政治を行わせるようにしました。

摂政というのは中国で始まった制度で
天皇の代わりに政治を行う役です。

天皇がいるのに何故わざわざ
摂政などという役をつくったのでしょう。

これは天皇が直接政治を行うと
勢いの強い蘇我氏と衝突しそうになるからです。

そうなっては天皇の位が危なくなります。

そこで天皇は直接政治を行わずに皇太子が
政治の責任を負うようにしたのだと考えられています。

聖徳太子は優れた人で生きている内から
太子についての伝説のような話が生まれたくらいです。

太子が摂政になった頃は蘇我氏の勢いが
盛んになときでしたから、うっかりしていると
皇室でも安心していられないという有様でした。

太子はこのような皇室の衰えを見て天皇を
中心とする皇室の勢いをしっかりと固めようと決心したのです。

これまでの大和朝廷の大王を天皇と
書き表すようになったのも太子の時代からでした。

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