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大化の改新とは? 改新のねらいとは?

今回は大化の改新について、日本の歴史を紹介します。

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「大化の改新とは? 公地公民制とは? 国の名も公式に「日本」と書くようにった時期!」の記事はこちらから>>

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蘇我氏が滅びると、さっそく中大兄皇子を
中心とする新政府がつくられ、新しい政治がはじめられました。

皇極天皇は、弟の軽皇子に位をゆずり、
軽皇子は孝徳三皇となりました。

また中大兄皇子は、
自分では天皇にならず、皇太子をやました。

そして実際の治は皇太子を中心にして動きました。

中大兄皇子をたすけて政治をおこなったのは、
右大臣の蘇我倉山田石川麻呂、内臣の中臣鎌足などでした。

また、僧旻・高向玄理という、ふたりの中国がえりの学者は、
国博士という政治の相談役になりました。

また、この年はじめて年号をさだめて大化としました。

つまり、六四五年を大化元年としたのです。

それで、これ以後、中大兄皇子らのはじめた新しい政治は、
大化の改新と呼ばれています。

六四六年(大化二年)新政府は、改新のみことのりをだして、
新政の大もとになる方しんを明らかにしました。

それは、つぎの四か条からできています。

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