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白村江の戦いとは? 阿倍比羅夫とは?

今回は白村江の戦いについて、日本の歴史を紹介します。
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654年、孝徳天皇が亡くなると、
まえの皇極天皇が、もういちど位につきました。

今度は、斉明天皇といいます。中大兄皇子は、
これまで通り皇太子として政治をとりました。

この頃になると、改新政治も、いちおう成功し、
その勢いで、国の力を外に伸ばそうという気分が強くなつくきました。

阿倍比羅夫が七世紀の中ごろ、
日本海えん岸のエゾを征伐したのは、そのあらわれでした。

エゾと言うのは、そのころ北陸から東北地方にかけて住んでいた、
文化の遅れた人々です。

都の人々は、エゾのことをまるで外国人のように思っていました。

阿倍比羅夫ほ、180そうの水軍な率いて、
越国 (北陸道)を出発し、海岸づたいに北へすすみました。

そして、あぎ田(秋田市)から淳代(能代)・津軽(弘前市付近)-)のエゾを従え、
さらに海を渡って海道にまでいったといいます。

これは、そのころとしては、
たいへん目覚ましい戦だったことでしょう。

しかし、このエゾ征伐も、一方から言えば、
激しい改新治なここちよく思っていなかった人々の気持ちを、
外にそらそうという狙いもあったようです。

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