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首名と行基とは?

今回は首名と行基について、日本の歴史を紹介します。

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「首名と行基とは? 農民のために力を尽くした神と菩薩!」の記事はこちらから>>

https://wakariyasuku-rekishi.com/archives/706

役人や僧のなかには、農民のために力を尽くした人もいました。
道君首名(みちのきみおびとな)がそうでした。

首名(おびとな)は、筑後(福岡県の一部)と
肥後(熊本県)の国司をしていた役人です。

首名はこの地方の農民たちに、
池やつつみを、盛んに作らせました。

農民たちは辛い土木工事をやらされるので、初めは不平を言っていました。
しかし、池やつつみが出来上がれば、
自分たちの農業も盛んになるのです。

農民たちは、たいへん喜んで、
首名が死んだあとでは、この人を神にまつりました。

僧の行基もまた、いろいろ地方の人々のために尽くした人でした。

行基は、今の大阪府や兵庫県にあたる
河内・摂津・和泉などに用水池一五か所、用水路(みぞ) 七か所、
水道(とい)三か所、橋六か所を造りました。

その他、船船つき場や運河や、
旅人の泊まれる布施屋九か所をつくって、
おおいに人々を救い、産業を盛んにしました。
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