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菅原道真とは? 高まる藤原氏の地位

今回は菅原道真について、日本の歴史を紹介します。

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「菅原道真ってどんな人? 高まる藤原氏の地位とは?」の記事はこちらから>>

https://wakariyasuku-rekishi.com/archives/722

薬子の乱で嵯峨天皇に信用され、
その相談相手となったのは、北家の藤原冬嗣です。

嵯峨天皇に続いて淳和天皇、仁明天皇が、
それぞれ位につきましたが、その間も嵯峨上皇が
大きな力をもっていました。

冬嗣やその子、良房も上皇の信任う受けて、
その地位を固めました。

ところが、嵯峨上皇が亡くなると、
良房はそのとき皇太子であった恒貞親王のお付きの
伴健岑とか橘逸勢が、謀反を企てたと言いふらしました。

そして、良房の甥にあたる道康親王を、新しく皇太子に立てました。
橘逸勢は、空海や嵯峨天皇と並んで字の上手な人として有名ですが
位は低く、謀反を企てるようなことはとても考えられません。

伴健岑も同じです。

この事件は、良房が、自分の甥を天皇にしたいために、
作り上げたものと考えられます。

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