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平将門と藤原純友とは? 将門の乱とは?

今回は平将門と藤原純友について、日本の歴史を紹介します。

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平安時代も末頃になると、世の中がひどく乱れてきました。
皇居に近い朱雀門にさえ、強盗をして暮らしている
女が住んでいたということです。

役人でありながら、強盗や殺人をするものさえ、
珍しくありませんでした。

都の乱れにも増して、地方の乱れはひどいものでした。
例え駿河国(静岡県の一部)では国司や郡司までも、
強盗のために殺されたことがありました。

また、十世紀の初め頃、関東地方では、
大勢の盗人が群れをつくり、方々を荒らし回りました。

瀬戸内海では、いりくんだ島々の間をぬって、
海賊たちが暴れまわりました。

京都へ贈る年貢米や、旅人の荷物を奪おうとするのです。
こうして、都も地方も物騒になりましたが、国の力では、
これを取り鎮めるだけの力が、もはや無くなっていました。
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