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源平の戦いとは? 壇ノ浦の戦いとは?

今回は平氏を滅ぼした、壇ノ浦の戦いについて、日本の歴史を紹介します。

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義仲を滅ぼした範頼と義経は、やがて平氏を征伐することになりました。
そのころ平氏は九州で勢いを盛り返し、四国の屋島に根拠地を構えました。

1184年(元暦元年)平氏は福原に返り、一ノ谷に陣をとりました。
義経は鴨越から平氏の後ろに回って、不意打ちをかけたので
これをきっかけとして、平氏の軍勢は総崩れになりました。

このとき平氏の軍勢の大将たちは、たくさん討ち死にしました。
平敦盛は、このときわずか16才でしたが、熊谷次郎直実に組み伏せられ
悲しい最期を遂げたと言われます。

平氏の軍は、屋島へ逃げ帰り、範頼と義経は京都へ引き上げました。
けれども、まもなく平氏を追い討ちにすることとなり
範頼は山陽道から九州へ向かいました。
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