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法然と親鸞 禅宗、日蓮、時宗 鎌倉時代に生まれた新しい仏教とは?

今回は法然と親鸞 禅宗、日蓮、時宗 鎌倉時代に生まれた
新しい仏教について、日本の歴史を紹介します。

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https://wakariyasuku-rekishi.com/archives/754

平安時代の末、源氏と平氏の激しい戦いが続きました。
人々はこうした騒がしい世の中に安心して生きていられる
心の拠り所を仏教に求めました。

ところが、多くの僧たちは政治と結びつき、自分たちの勢力を伸ばすことたけを考え
世の中の人を救おうとはしませんでした。

しかし、まじめな僧は寺を離れて、山村などで厳しい修行を積み仏の道に励みました。
鎌倉時代の新しい仏教は、そうした僧の間から生まれたのです。
そして、貴族ではなく武士や一般の人々に迎えられました。

平安時代の末、法然いう僧がでて、浄土宗を開きました。
一心に「南無阿弥陀仏」と唱えれば、救われるという教えです。

浄土宗の信者は、貴族や武士から一般の人々にも行き渡り、
東海・北陸地方にまで、広がっていきました。

古い仏教の僧たちが浄土宗を非難したので、
朝廷も黙っておれず、浄土宗を厳しく押さえつけました。

そのために、法然は讃岐国(香川県)に4年ほど流されました。
法然の弟子親鸞も、越後国(新潟県)に流されましたが、5年ほど経って許されました。

その後、親鸞は常陸国(茨城県)の稲田に住み、教えを広めました。
親鸞の教えは、法然の浄土宗を一歩すすめたもので、
浄土真宗、またはたんに真宗とも言われます。

それまで、僧は肉を食べたり、妻を持つことは許されませんでした。
ところが親鸞は、肉な食べてもいい妻を持ってもいいとして自らも結婚しました。

彼は、民衆と同じ立場にたって、その上で、仏の道に励もうとしたのです。
親鸞は武士や一般の人々の心に、深い理解を持っていました。

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