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細川勝元と山名宗全とは? 両派の争いとは?

今回は室町時代にいた細川勝元と山名宗全とは? 両派の争いとは?について、日本の歴史を紹介します。

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「細川勝元と山名宗全ってどんな人? 両派の争いとは?」の記事はこちらから>>

https://wakariyasuku-rekishi.com/archives/767

室町幕府には、前回の記事で伝えたようにに始めから
いろいろと、弱いところがありましたが
それらが積み重なり、絡み合って
ついに大きな戦乱となりました。

それが応仁の乱です

細川勝元と山名宗全


将軍になった義政は、自分がなんの力も無い
飾りものにすぎないことを知って、
すっかりやけになってしまいました。

そして、政治を管領の細川勝元や
おそばづきの伊勢貞親などに任せきりにして、
花見・酒盛り・能の見物・庭つくりなどの贅沢にふけました。

このごろ度々、ひどい飢饉があったのですが
それでも、贅沢を止めようとせず
重い税をしばしば取立てました。

このごろ幕府では、細川勝元と山名宗全が
勢いを争っていました。

また、管領の畠山氏と斯波氏には
それぞれ後継争いがおこっていました。
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