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応仁の乱とは? 戦国時代とは?

今回は室町時代に起こった応仁の乱について、日本の歴史を紹介します。

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応仁の乱


1467年(応仁元年)、
とうとう、細川方と山名方この間に、戦争がおこってしまいました。
この戦いには、多くの守護大名も
それぞれどちらかに味方し、京都に集まりました。

これが応仁の乱です。

勝元の軍は東軍と呼ばれ
およそ16万の軍勢を従え
そのうえ、天皇や将軍を味方に引き入れました。

宗全の軍は、西軍と呼ばれ、
およそ11万の軍勢を従えました。

両軍は、激しく戦いましたが
なかなか勝負がつきませんでした。

そのため、京都は、見渡す限り、焼け野原になり
皇居や幕府をはじめ、貴族や大名の住まいや神社・寺院も
みな焼けてしまいました。

京都の町の人々の苦しみはいうまでもありません。
それでも、戦いは、止みませんでした。

両軍の大将である、
細川勝元も山名宗全もともに死んでしまいました。

それに、大名たちも、自分の領地が乱れてきたので、
次第に、それぞれの国に引き上げてしまいました。

こうして、11年も続いた応仁の乱は
やっとおさまったのです。
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