So-net無料ブログ作成

北山文化と東山文化とは?

今回は室町時代におこった北山文化と東山文化について、日本の歴史を紹介します。

「引っ越しました。新アドレスはhttps://wakariyasuku-rekishi.com/です。自動でジャンプします」


https://wakariyasuku-rekishi.com/








「北山文化と東山文化とは? 広まる新しい仏教と一休の関係とは?」の記事はこちらから>>

https://wakariyasuku-rekishi.com/archives/769

北山文化と東山文化


室町時代は、戦争の多い騒がしい時代でした。
しかし、幕府は京都という古い文化の地に開かれ、
代々の将軍が文化を愛し、大切にしたので
思いのほかに、文化が栄えました。

そして、前の鎌倉時代の文化とも違う、
静かで落ち着いた文化が形つくられました。

室町時代の文化は、二つにわけて考えられます。
北山に金閣を建てた将軍義満の頃の文化と
東山に銀閣を建てた将軍義政の頃の文化の二つです。

前のほうを北山文化、
あとのほうを東山文化と呼んでます。

広まる新しい仏教


鎌倉時代におこった新しい仏教は
この時代になると大変広まりました。

禅宗の中の臨済宗は、夢窓疎石などがあらわれ、
将軍や守護大名たちの保護を受けて栄え、
天龍寺・南禅寺などが建てられました。

とんちで名高い一休も、臨済宗の禅僧です。
また、鎌倉時代に道元の伝えた曹洞宗も
地方の武士や農民の間に、どんどん広まってきました。

法然の始めた浄土宗は、この時代に入ると
主に皇室や貴族など、身分の高い人々の間に広がりました。

これに対して、親鷲の浄土真宗は、
身分の低い一般の人々の間で信じられました。
nice!(0)  トラックバック(0)  [編集]
共通テーマ:学問

nice! 0

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました
Copyright © 日本の歴史をわかりやすく解説 All Rights Reserved.
当サイトのテキスト・画像等すべての転載転用、商用販売を固く禁じます