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徳川綱吉の政治 生類憐れみの令とは?

今回は徳川綱吉の政治 生類憐れみの令について、日本の歴史を紹介します。

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徳川綱吉の政治


このころ幕府では家綱に継いで
五代将軍綱吉の攻治が初められました。

綱吉も、儒学の大好きな将軍でした。
自分で大名や旗本に
何度も儒学の講義をしたほど熱心でした。

綱吉のお気に入りの側用人柳沢吉保も
学問や芸事が、たいへん好きでしたから
政治の方針も、儒教の精神に
基づいて行われるようになりました。

武力だけでなく
文(学問)で世の中を納めるというので、
このころの政治を文治政治といいます。

綱吉は、それまで幕府の政治を
動かしてきた譜代大名が
古い考えに囚われてといるのを嫌い
柳沢吉保のような、身分は低いが
学問のできる人を重く用いて
政治を正しくしようと勤めした。

こうして、側用人政治が始めるのです。
親孝行な息子や、夫によく仕える妻を褒めて
褒美を与えたのも儒学の精神のあらわれです。

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