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享保の改革とは? 徳川吉宗とは?

今回は享保の改革とは? 徳川吉宗について、日本の歴史を紹介します。

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享保の改革とは?


八代将軍徳川吉宗


徳川将軍家も、五代目の綱吉の頃から
財政が苦しくなってきたので
これまでのよい貨幣を悪くして
やりくりをしました。

悪くするというのは
金貨ならば金を少なくして
銀を多くいれるのです。

そうすると、今まで100万両造っていたのが
同じ金の量で、220万両にもなるというわけです。

六代将軍家宣、七代将軍家継がときは
学者の新井白石が、政治を助けましたが
わずか七年で終わってしまいました。

七代将軍は子どもでしたので
後継がありませんでした。

そこで、紀伊(和歌山県) 藩主
徳川吉宗が将軍になりました。

御三家すなわち分家から入って
本家を継いだのです。

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