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満州事変とは?

今回は満州事変について、日本の歴史を紹介します。

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「満州事変とは? 上海事変とは? 濱口内閣とは?」の記事はこちらから>>

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浜口内閣


田中内閣の跡を継いだ浜口内閣は
田中内閣のような激しい外交政策をとりませんでした。

1930年(昭和5年)には
ロンドンで軍備縮小の条約を結んだり
中国との関係をよくしようとしたりしたので
世界の国々とのあいだも
いくらかよくなりました。

しかし国内では
政府が軍部の反対を押し切って
軍備縮小の条約を結んだことは軍部
とくに海軍の若い軍人を怒らせました。

そのため総理大臣浜口雄幸は
1930年(昭和5年)11月
東京駅で、右翼の青年によって
傷を負わされ、それがもとで
翌年に死んでしまいました。

満州事変


張作霖が殺されたあとの満州では
その子どもの張学良が支配するようになりました。

しかし、父親が日本人によって
殺されたことを知った張学良は
蒋介石の率いる国民政府と結んで
日本に対抗しました。

そして、日本の製品を買うことをやめたり
満鉄に乗ることなやめたりしましたので
満州でも反日感情は、次第に高まっていきました。

政府のやり方に不満を抱いていた軍部は
なんとかして、この満州を自分のものにしようとはかり
たえず満州攻撃の隙を狙っていました。

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