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日華事変とは? 盧溝橋事件とは?

今回は第一次世界大戦 強まる軍部の力について、日本の歴史を紹介します。

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盧溝橋事件


満州事変がおこってから1年半経って
満州での戦いは、ほぼ完全に終わりを告げました。

しかし、日本軍は満州国の国境を
守るという理由で
国境を越えて中国本土へ進んでゆきました。

1937年(昭和21年)7月7日
北京の近くの盧溝橋というところで
日本軍と中国軍とが争いをおこし
とうとう日本と中国との戦争がはじまりました。

これが日華事変といわれるものですが
名前は事変でも、実際には戦争でした。

中国の中心でおこったこの戦争は
満州事変とは、全く違ったものになりました。

なぜなら中国が非常に強い反抗をしたからです。
戦場は中国の北部から中央部へと
だんだん広がっていきました。

日本軍は各地の戦いで
中国軍を破っていきました。

しかし、なにしろ広い中国大陸です。
ところどころの戦いに勝手も
戦争はいつ終わるのか見当がつきません。

中国側の激しい反攻の影には
日本の無茶なやり方に憤りを感じて
あくまで戦いぬこうとする中国国民と
中国共産党との強い力が
はたらいていたのです。

そのころの中国は
蒋介石の率いる国民政府が納めていましたが
国民政府のやり方に反対する中国共産党は
毛沢東を中心に、日に日に
強い力をたくわえていました。

共産党と国民政府とは
互いに反対の立場に立ちながら
日本軍に対抗するというてんでは1つになって
ますます激しく反攻したのです。

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